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子どもは、知らない言葉をどう学んでいるのか? ──「アブダクション推論」から考える、言葉の学び

2026.07.26

子どもは、知らない言葉をどう学んでいるのか?  ──「アブダクション推論」から考える、言葉の学び

前回の記事では、文章を読むときにつまずくのは、長い文章や問題の解き方だけではない、というお話をしました。

▽前回の記事はこちらから

例えば、算数の教科書で当たり前のように使われる「ひとしい」という言葉。

前回紹介した結果では、ひとしいを誤解している・無回答のお子さんが約4割いました。

この結果を見て、「こういう言葉って、どう教えていけばいいんだろう」「一つひとつ説明しないといけないのかな」「うちの子も、実は分かっていない言葉がたくさんあるのかも」と不安になった方もいるかもしれません。

そこで今回は、子どもがまだ知らない言葉に出会ったとき、どのように意味を学んでいるのかを考えていきます。

そのカギになるのが、アブダクション推論です。

子どもは、知らない言葉を「推論」しながら学んでいる

アブダクション推論とは、手元の情報だけでは答えを一つに決められないときに、目の前の手がかりと、知識・経験とを組み合わせて、「もしかして、こういうことかもしれない」と仮説を立てる推論のことです。

子どもが言葉を学ぶ場面では、このアブダクション推論がたくさん行われています。

例えば、以前の記事でも紹介した、「ウサギ」という言葉を考えてみましょう。

▽以前「ウサギ」の例を紹介した記事はこちら

子どもが初めて、白くて耳の立った、ふわふわした小さな動物を見たとします。
そのとき大人が「ウサギさんだね」と言うと、子どもは、「これがウサギなんだ」と学びます。

しかし、このときに「ウサギ」という言葉が何を指すのか、完全にお子さんが理解しているとは限りません。以下のように解釈している可能性もあるのです。

  • 白いもの=ウサギ
  • ふわふわした動物=ウサギ
  • 犬とは違って耳が長いから、耳が長い=ウサギ

このように、目にした特徴や自分の知識を手がかりにして、「たぶん、こういうものをウサギと呼ぶのだろう」と仮説を立てることがあります。

これが、アブダクション推論です。

そして、この推論は1回きりでは終わりません。お子さんが、茶色のウサギや、大きさの違うウサギ、リスやハムスターに出会ったとしましょう。

「小さくてふわふわしているだけでは、ウサギとは言えないんだ」「白くなくても、ウサギと呼ぶんだ」と、推論が修正されていきます。

つまり、子どもは「ウサギ」という単語を、ただ一対一で暗記しているのではありません。

新しい例は、自分の中の仮説を確かめたり、合わないところを修正したりしながら、「ウサギ」という言葉が指す範囲を考え直す手がかりになります。

このようにして、子どもは言葉を学んでいるのです。

アブダクション推論は、間違うことがある

ここで大切なのは、アブダクション推論で立てた仮説は、最初から正しいとは限らないということです。

むしろ、最初の仮説は間違うことがあります。

例えば、「白いものがウサギなんだ」と考えたら、茶色いウサギを見たときに修正が必要になりますよね。

他にも、ゆる言語学ラジオの「赤ちゃんの素敵な間違いを集めよう 【赤ちゃんミステイクアワード】」で紹介されたエピソードで「上野動物園」と聞いたお子さんが、上があるなら下もあるはずだと考えて、「今度は『したの動物園』に連れて行って!」と言う場面などがあります。

こうした言葉は、大人から見ると間違いに見えるかもしれません。しかし、その中には、子どもが聞こえた言葉と、すでに知っていることを結びつけ、自分なりの規則や仮説を作った結果であることもあるのです。
もちろん、一つの発言だけから、頭の中でどのような推論が行われたのかを断定することはできません。ただ、言葉の間違いは、必ずしも「学べていない証拠」ではありません。アブダクション推論を行なった、学びの過程かもしれないのです。

▽「したの動物園」のようなお子さんの間違いが詳しく紹介されている動画はこちら

「ひとしい」のつまずきは、テストの×だけでは見えにくい

ここで、前回の「ひとしい」の話に戻ってみましょう。

「ひとしい」のような教科書で使われる言葉も、一度説明されただけで意味をつかめるとは限りません

「ひとしい」は、算数の授業や教科書の中で出会うことが多い言葉です。同じく算数の教科書でよく登場する「同じ」「大きい」「小さい」「違う」など、ほかの言葉や概念との関係の中で理解する必要があります。

大人からすると、それぞれの違いは当たり前に思えるかもしれません。けれども、お子さんによっては、こうした言葉の違いがまだ曖昧なままになっていることもあるでしょう。

ここで難しいのは、算数のテストで間違えたという結果だけでは、どこで迷ったのかまではわからないことです。

例えば、お子さんが算数の文章題で間違えたとき、大人はつい、

「計算が苦手なのかな」
「問題をちゃんと読んでいないのかな」
「この子は勉強が苦手なのかな」

と思ってしまうかもしれません。

でも、もしかするとその手前で、「ひとしい」という言葉の意味をうまくつかめていなかった可能性もあります。

ですから、答えだけで評価せず、「どの言葉で迷ったのかな」「何を手がかりに考えたのかな」と、答えに至るまでの考え方にも目を向けることが大切です。


▽学びのカギとなる「アブダクション推論」。これには材料となる知識が必要です。

次回の記事では、アブダクション推論の材料について「スキーマ」という言葉を用いて解説します。

コラム:「片付けてね」の難しさとは?

動詞は、具体物を指す名詞よりも意味が抽象的で、1つの場面だけでは意味の範囲をつかみにくいことがあります。

たとえば、「片付ける」という言葉を考えてみましょう。

大人は何気なく、

「積み木を片付けてね」
「本をお片付けしてね」
「食事のあとのお皿をお片付けしてね」

と言います。

どれも「お片付け」です。

けれども、よく考えると、この3つの場面で子どもがすることはかなり違います

積み木を片づけるときは、積み木を箱に入れるかもしれません。
本を片づけるときは、本棚に戻すかもしれません。
食事のあとのお皿を片づけるときは、テーブルから運んで流しに置くかもしれません。

動作も、運ぶものも、収める場所も違うのです。このように、動詞は、ものの名前よりも、一つの場面だけから意味の範囲をつかみにくいことがあります。

こうした言葉では、いくつかの場面を比べることが、「お片付け」が特定のものや手の動きだけを指すのではないと考える材料になります。

▽「アブダクション推論」を支える「スキーマ」について解説した連載第3回の記事はこちら


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きぬ

ヨンデミー 編集部