認知科学から見た「動画による学習の落とし穴」──今井むつみ先生×笹沼颯太対談【前編】
2026.06.03

Yondemyの顧問に今井むつみ先生が就任
Yondemyの新しい顧問に、認知科学の第一人者であり、慶應義塾大学名誉教授の今井むつみ先生が就任しました。今井先生は、子どもの言語習得や思考、学びのメカニズムを探る認知科学的研究で広く知られ、2024年には新書大賞を受賞した著書『言語の本質』や『学力喪失』などは、教育界や学術界に大きな影響を与えています。
今回は、今井先生とYondemy代表の笹沼が、現代の学びと読書教育の意義について対談しました。
対談内容:動画時代の学びの罠
今回の対談の前編では、とにかくタイパ(タイムパフォーマンスの略語)を追い求める現代の学びの落とし穴についてお話しします。

今井むつみ先生
言語と認知の専門家。慶應義塾大学名誉教授で、子どもの言語習得や学びのメカニズムに関する研究を長年にわたり行い、教育界に多大な影響を与えてきた。
著書に『言語の本質』『学力喪失』『AIにはない「思考力」の身につけ方』などがある。

笹沼颯太
株式会社Yondemy代表取締役。
YondemyのMISSIONは「日本中の子どもたちへ、豊かな読書体験を届ける」
日本中の子どもたちの読書離れという課題を解決するために、「読書を習うという文化を作る」というテーマを掲げ、子どもが読書にハマる「オンライン習い事・ヨンデミー」というサービスを提供している。
目次
- Yondemyの顧問に今井むつみ先生が就任
- 対談内容:動画時代の学びの罠
- 「タイパ」のいい動画学習は「わかったつもり」になるだけ?
- 自分のペースで考えないと、知識は定着しない
- 生きた知識のカギは「記号接地」
- 💡コラム:記号接地する/しないとは?
「タイパ」のいい動画学習は「わかったつもり」になるだけ?
笹沼:
「まず、顧問に就任していただきありがとうございます。今井先生のご著書『算数文章題が解けない子どもたち ことば・思考の力と学力不振』『学力喪失』『言語の本質』を読み、ABLEでの最終授業を拝見して、弊社の読書教育に生かせる点を学んでまいりました。今井先生にYondemyの顧問に就任していただけること、大変心強いです!
改めて、顧問就任してくださった理由をお聞かせいただけますか?」
今井先生:
「子どもを『読みの世界』へ導く教育は大事だと思うからです。私は、現代の学び方に違和感があるんです。大人も子どももみんな動画を2倍速で見て『勉強した』というでしょう。でも、動画って必要な時に使える『生きた知識』にはなりにくい。本で得られる学びの方が、はるかに生きた知識につながりやすいです。
だからこそ、子どもたちに本に夢中になってもらうことはとても大事。一生の宝になると言ってもいいくらいです」
笹沼:
「確かに、今は大人も子どもも動画に夢中です。学生や社会人の勉強も動画が主流になっています。その方が『タイパ(タイムパフォーマンスの略)』がいいと、みんな口を揃えて言いますよね」
今井先生:
「言いますねぇ。タイパが至上命題の人たちってたくさんいるけれど、私は『タイパをよくすることで何を得られるのかな?』と疑問に思ってしまいます」
笹沼:
「というと……?」
今井先生:
「動画による学習は『わかったつもり』になりやすい。だから、長期的には本当に効果的とは言い切れません。短時間で詰め込んだ情報は、必要な時に使えない『死んだ知識』にしかならないんです」
自分のペースで考えないと、知識は定着しない
笹沼:
「死んだ知識というと、いわゆる暗記しただけの知識ですよね。動画による学習だと、どうして死んだ知識になりやすいのでしょうか?」
今井先生:
「自分の頭で考えるプロセスを省略してしまうからです。動画は飽きさせないテンポで作られていて、視聴者が立ち止まって考える余裕がないじゃないですか。むしろ、視聴者に考える余裕を与えず、ずっと作成者のペースで引っ張るのが面白い動画として評価されやすいわけですよね」
笹沼:
「確かに、視聴者が疑問を持って考え始めてしまったら、動画の再生を止められてしまいます。その意味だと、読書は本を閉じて考えたり、途中でやめてもいいので、考える余裕があるコンテンツと言えるかもしれません」
今井先生:
「まさに。そこが本と動画の差ですよね。自分のペースで、『これはどういうこと?』と考えるから、生きた知識になる。でも、動画は自分で考える余裕がないので、ただ頭に入れただけの死んだ知識になってしまいます。私は『これって結局、効率よくないんじゃないかな?』と思うんだけれど……。」
生きた知識のカギは「記号接地」
笹沼:
「お子さんが大人になってからも支えてくれる学びは生きた知識であるはず。生きた知識にするために大事なことは何なのでしょうか?」
今井先生:
「生きた知識は応用ができることが重要。知識が応用できる状態を、認知科学の分野では『記号接地』していると言います。子どもたちの学びが記号接地するように、サポートしてあげることが、長期的には本当に価値のあることなんじゃないかな」
笹沼:
「記号接地について、もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」
今井先生:
「私たちは自分が新しく学んだことを抽象化して、知識を体系化して理解していきます。そうすると、反射的に体が動くかのように、瞬時に取り出すことができる。それが記号接地した知識です。赤ちゃんが言葉を覚える時も、まさにそうやって『接地』しています」
💡コラム:記号接地する/しないとは?
子どもたちは、何にも知らない状態から、モノの名前を知り、定義を修正しながら記号接地していきます。「うさぎ」を覚えるときを例にしてみましょう。
最初に白くて耳の立ったふわふわした小さなうさぎを「うさぎさんだね」と教えられると、子どもはそれがうさぎだと覚えます。しかし、うさぎには大きな種類もいるし、耳の垂れたものもいます。モルモットのような似ているけれど違う種類の動物もいます。
子どもたちは、うさぎの定義を修正しながら理解して、「うさぎ」の範囲がわかるようになっていく。記号接地にはこのような過程が必要です。出典:今井むつみ『親子で育てる ことば力と思考力』

しかし、「たつじんテスト」の結果を見ると、小学校の勉強すら記号接地しない現状もあります。
※「たつじんテスト」:学ぶ内容を理解するための前提知識や、問題を解くための推論の能力を測るテスト。「全国学力・学習状況調査」との相関が、IQテストは0.1程度のところ、最大0.6と非常に高い。
例えば、小学校3~5年生に実施された数直線に関する問題。
問:「下のような0から100までの数の線があります。つぎの数があると思うところに線を引きましょう。」
(2)71
この問題で、テストに印刷された数直線に、71の数値のメモリを足すことができない生徒が多かったのです。その生徒が解けなかった理由は数直線が7cmに足りていなかったから。71を71mmと思い込み、71mmが測れないとわかると混乱して、投げ出してしまったのでした。誤答した生徒の中には、十の位と一の位の数字を入れ替えてしまって、17mmを測って答えた生徒もいました。
彼らは、数直線に対して、「50がこのあたりだから71は大体このあたり」という推測ができません。このように柔軟に数字を使いこなせない(=記号接地していない)児童は、意外と多いのです。出典:今井むつみ『算数文章題が解けない子どもたち ことば・思考の力と学力不振』

笹沼:
「動画世代の子どもたちに、どうやって記号接地を促すかが大事ですね。本もただ目で追っているだけでは、自分の頭で考える必要はありません。記号接地が進むような読書のサポートが必要になるはずです」
今井先生:
「私は、とにかく読書を『楽しむ』ことだと思いますよ。本の世界を想像し、本の中で言葉に触れることは記号接地を進めるきっかけになります」
▷後編へ
後編では読書がどのように「記号接地」を促進し、自立した学び手を育てるのかについて、お話しします。
https://media.yondemy.com/articles/ws-yjkji7/
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